作り手|ARTIST

奥原硝子製造所

琉球ガラスと民藝の出会いは、
濱田庄司を通じてでした。
戦後、沖縄のガラス工房が再生ガラスで
アメリカ人を相手に商売をしていた頃、
民藝運動家で、益子の陶芸家の濱田庄司が
沖縄を度々訪れており、その際、再生ガラスに
目を留めたそうです。
その後、濱田庄司が本土に沖縄のガラスの良さを
伝えたこともあって、本土にも琉球ガラスが
知れ渡ることになりました。
その頃は工房も数多くあったようですが、
現在では奥原硝子製造所が沖縄最古の工房と
なっており、またこのような再生ガラスで製品を
作る工房は極めて少なくなっています。

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奥原硝子製造所